吾輩は理学療法士である。

理学療法士が綴る、論文や本、日々の出来事のお話

軟骨のせいと椎間板のせいのお話

 

”膝が痛いのは、膝の関節の間が狭いからですね”

”腰が痛いのは、椎間板がつぶれているからですね”

 

時おり、医療従事者から聞く言葉。

この言葉は果たして真実か?

 

 

言われた側としては、言葉のネガティブなイメージが痛みとリンクして、
それらしく聞こえるからタチが悪い。

 

自分が言われた立場だったら、どのような言葉を返すだろうか。

 

”もうつぶれちゃってるから、痛みはとれないってことですよね。”

 

この因果関係で説明されたら、もはや病院に来る必要もない。
あとは、iPS細胞の発展を祈るだけだ。

 

でも、こう言っている医療従事者も心のどこかでは疑問に思っているはずである。
つぶれて(狭く)ても痛くない人もいるし、つぶれて(狭く)なくても痛みがある人もいる。


画像所見と痛みの関係ってどうなの?と。

 

そんな疑問を解く一助となる論文を今日は2つ紹介する。

 

クレイジーな実験

 

Scott F. Dyeさんというお医者さん達が行った20年前の実験でこんなものがある。

Conscious Neurosensory Mapping of the Internal Structures of the Human Knee Without Intraarticular Anesthesia

 

膝関節の中の組織の感覚を調べよう!というのがこの研究の目的なんだけど、
タイトルの最後の部分が衝撃的。

 

Without Intraarticular Anesthesia=関節内の麻酔無しで

 

麻酔なんて野暮なもんはするな!
いろんなとこ押してどんな感覚がするか肌で感じて、マッピングしていこうぜ!
っていう破天荒実験。

関節鏡に器具を取り付け、0~500gの圧力をかけて感覚を調べるというシンプルなもの。

 

”よーし、膝蓋骨(膝のお皿)の両脇から入れていくよ~”

キャァァァァアアアア!!ちょ、タンマ、一回やめて。マジ無理。ありえないんですけど。”

 

produced severe pain that elicited involuntary verval exclamations from the subject
(本文より引用)

=無意識に叫び声が出るくらいのすげー痛みだった

 

クレイジーっていうか、もうある意味天才かよ。笑
さすがに実験続行できず、前方の滑膜と脂肪体にだけ局所麻酔を注入。
でも、関節内に麻酔が侵入してないかCTでちゃんと確認してます。

そして、ようやく関節内に関節鏡を入れて、
いたるところをプッシュプ~ッシュ!(中川パラダイスのギャグ。偉大な実験なのにふざけた感じにして良いのだろうか、いや良くない。)

 

そして、出来上がったのがこのマップ。

 

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特筆すべきは、関節軟骨(赤丸)は500gで押しても、痛みは無かったっていうこと。
これは、関節軟骨には神経要素が欠落しているという組織学研究を実証している。

『膝の軟骨がぶつかる=痛い』の方程式を打ち崩す結果

である。

 

ただし、この実験の限界としては、たった一人の結果ということ。
でも、こんな体当たりな実験をしたDye先生にはスタンディングオベーションである。

 

沈黙の椎間板

 

腰痛の有病率は高く、3分の2の人が人生で経験しているともいわれ、
高い医療費と経済的損失に関連している。

また、腰痛の評価のためにMRIやCTが用いられることが増えていて、
脊柱の変性が腰痛の原因と解釈され医学的介入や手術が行われるが、
症状の緩和に成功しない場合もある。

 

そんな中、2015年に、脊柱の退行性変化がしばしば無症候性のものであることを
確かめるための研究が行われた。

Systematic Literature Review of Imaging Features of Spinal Degeneration in Asymptomatic Populations

 
腰痛になったことない人でも脊柱の形変わっちゃってる説(水曜日のダウンタウン風)
を実証すべく、いろんな論文を読みまくってまとめた人達がいたのだ。

 

方法は単純で、腰痛になったことがない人の画像所見はどうなってるかを
数多くの論文から引っ張ってきて年代別でまとめるというもの。

 

画像所見は、
椎間板の退行性変化、椎間板の信号低下、椎間板厚の低下、椎間板膨隆、椎間板突出、
線維輪亀裂、椎間関節の退行性変化、辷り症
があるかどうかを調べてる。

 

結果がこの表。

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40歳くらいでは、腰痛持ちでない人でも50%近くは椎間板の変性が起きている

ということは、

椎間板の変性=腰痛という神話に確実性がない
ことが示唆されているのだ。

 

すなわち、脊柱の変性は、

 

介入を必要とする病理学的な変化ではなく、
通常の加齢的な変化の一部である

と示した。

 

この論文は、腰痛患者において画像診断で臨床的意義を解釈する際に、
無症候性の変性があるという知識と警告の重要性を強調している。

 

ただし、この論文の限界としては、

調査対象の論文が25年以上の期間を含んでいて、用語統一がされていない
変性の重症度の程度は階層化されてなくて、無症候性のものは重症度の程度が
低い可能性もあり

ということである。

でも、非常に興味深い内容だと思う。

 


決して画像所見がダメだと言ってるのではなく、

 

画像所見は患者の臨床症状の背景や文脈のなかで解釈する

 

ということが大事なんじゃないかなと思う。

 

 

そして、もう一つ大切なこと。
それは、
マイナスイメージによって副作用が出てしまう
っていうのを理解すること。

 

膝の関節が狭くても椎間板がつぶれていても、そこが原因ではないかもしれないのに、
思い込みによって、痛みと結びつけやすくなったり、より注意を向けるようになる。
そうすると、実際以上の痛みとして経験してしまうのだ。
これは、偽薬によって、望まない副作用(有害作用)が現われることを指す
ノセボ効果に近いものだと思う。

 

さらに、
医学雑誌で、Jeremy LewisとPeter O’Sullivan(PT界の著名人)がこう言っている。

the individual believing that their body is damaged, fragile and in need of protection,
resulting in a cascade of movement and activity avoidance behaviours and seeking interventions to correct the structural deficits.

(本文より引用)

 =自分の身体は壊れてるんだとか壊れやすいんだと思い込むと、それを守ろうとして、活動性を下げるように行動したり、構造の欠陥自体を復元する治療を探し求める。

こんな負のスパイラルに入ってしまうと厄介で、
僕らPTのアドバイスも聞き入れにくくなってしまう。

 

 

何事も安易に決めつけず、目の前にいる人のヒストリーとストーリーに軸を置いて
それに補助的に画像所見を加えれば、非常に有用な武器だと思う。

 

そのためにも、世界に溢れている優れた研究論文から学ぶことは重要だ。
『研究論文が絶対だ』なんて絶対に言わない。
でも、臨床のヒントにするには、この上なく素晴らしいツールだなと。

 

そんな情報を少しでも共有したり、
みんなで気持ちを高められるようなブログにしていけたらな
と密かに思いながら、今日は筆を置きたいと思います。